駐日イラン大使のペイマン・セアダト氏は、2026年4月に出光興産の「出光丸」タンカーがホルムズ海峡を通過できたのは、1953年の「日章丸」事件に基づく歴史的な絆によるものだと説明した。大使は、イラン政府を説得してタンカーの優先通過を実現させたとし、この決定にいかなる物質的な見返りも含まれていないと強調した。

この通過は、米イラン緊張とホルムズ海峡に影響を与える地域的危機の中で起きた。1953年、出光興産の創業者である出光佐三氏がイギリスの封鎖を破ってイランから石油を購入するため「日章丸」を派遣したこの出来事は、「大国の圧力に屈しない日本」の象徴としてイラン国民の記憶に残っていた。セアダト大使は2023年の着任以来、この歴史的つながりを繰り返し言及し、「出光丸」通過後には出光創業者の碑も訪れていた。

日本は、1979年のイスラム革命後、米国の圧力にもかかわらずイランと外交関係を維持した数少ない大国の一つとなり、1980年代のイラン・イラク戦争では仲介役を果たし、2019年には安倍晋三首相(当時)がテヘランを訪れ核合意危機で仲介役を担った。大使は、2026年2月に死去したハメネイ師の肖像画を携えて安倍家を訪問したことにも触れ、「し